イタコライターの真実
わたしがいただいている大切なお仕事の一つに「インタビューによるブログの代行執筆」があります。
おおむね、一か月に一度、1時間ほどお会いしてお話を伺い、その内容をもとに4回ほどのブログを書き起こすというものです。
週に1回の更新であれば、一月分を1時間のお話で書くことができます。
最初のクライアントは、ある会社を経営されている方で、ありがたいことに、現在に至るまで、ずっと書かせていただいております。
初回は、もう7年も前のことです。
ブログ自体を新しく立ち上げるので、最初は、彼のこれまでの道のりについて書きました。
若い日の起業から、懸命に走り続けてきた方なので、文章の内容も真実一路の年代記に。
「こんな感じでいかがですか」とお送りした第一稿を読んで、彼は涙ぐんでしまったそうです。
「俺って、こんなにがんばってきたんだなあ」
わたしは、もしも彼に文章を書いたり言葉を選んだりすることになんのためらいもないとしたら、どんなふうに書くだろうか、ということだけを考えて書いたのでした。
わたしの編集者として、またエッセイストとしての技術をまるごと、彼の心に使ってもらうといったらいいでしょうか。
それはほどなく、クライアントを憑依させて書くイタコライター、という洒落めいた言葉になりました。
インタビューするとき、わたしは、自分の「切り口」というものにはまったくこだわりません。
その方が、話したいことを思いきり話してくだされば、それでいいのです。
できるだけ話しやすいように、そのことについて考えていたことがもっと出てくるように、あいづちを打ったり、いっしょに喜んだり悲しんだり、わたし自身のリアクションを素直に出したりします。
メモは箇条書きに近くなりますが、そのときの空間の雰囲気や、二人の間でできあがった感情のほやほやした温かい玉のようなものを、そこにのせておきます。
数日後、あるいは数週間後、では書くぞ、とメモを開けたときにそれらを呼び戻し、あとはわたしの技術をただ集中して使うだけです。
うーん、自分で説明してみて、これはやっぱりイタコライティングだなあ、と再確認。
イタコだからこそ、ときに、ご本人に涙の浄化作用も起こるのかも知れません。
わたしにとっては、ブログの代行執筆は、自分の技術を精一杯使うことに専心できる素晴らしい時間です。
クライアントの方々との出会いに導かれ、喜びと感謝とともに、自分を働かせています。