suckle nouveau 2018

エッセイスト・羽生さくるのブログ。

保健室のBB先生

中学高校と6年間通った女子校の保健室は、体育館の建物の1階にあった。

養護の先生はBB先生。

当時はたぶん40代で、双子の男の子と女の子を育てていらした。

小柄で、洒脱な雰囲気を漂わせたBB先生の保健体育の授業は,

毎回爆笑の渦だった。

 

わたしが覚えているのは、先生推奨の「鬼太郎袋」だ。

小さな紙袋にビニール袋を重ねてたたんで輪ゴムで留めて、

いつもバッグの隅に入れておきなさい、とおっしゃった。

急な吐き気でゲゲゲときたら使うように、と。

 

不肖の生徒は、それを携帯することはなかったのだが、

10数年後息子が生まれて、おなかの風邪を引いたとき、

悲惨な看病期を乗り越えるため

鬼太郎風邪」と呼びかえて気を紛らせたものだ。

 

これは最近になってから、同窓生に聞いた話。

彼女は在校中、心身ともに疲れることがよくあって、

保健室でたびたび休ませてもらっていた。

BB先生は、彼女の背中をさすりながら

「いかなきゃならないところはどこもないし、

 やらなきゃならないこともなにもないのよ」

とおっしゃったそうだ。

 

ああ、わたしも保健室にいけばよかった、と心から思った。

高校2年の秋、めまいがして教科書が読めなくなり、

2か月ほど休んだことがあったのだ。

そんなにひどくなる前に、保健室でBB先生のこの言葉を聞きたかった。

 

 いかなきゃならないところはどこもない。

 やらなきゃならないことはなにもない。

 

中学受験をくぐり抜けてきたわたしたちは、

両親の、とくに母親の期待に応えられる力を持っていた。

だからこそ、つらくなった。

徹底したキリスト教教育を受けたことで、

よけいに、母親の言動と自分の心が噛み合なくなることも、わたしは経験した。

 

そんな「わたしたち」を長いあいだ、たくさん見てきたBB先生の言葉には、

真実の慰撫がある。

いまでも遅くないな、と思って、先生の声をまねて、ときどきつぶやいている。