お局さまの真実
羽生さくるのことを「『お局さま』という言葉を世の中に広めた人」と紹介してくださる方がいらっしゃることを、とてもありがたく思っております。
いまや、スマートフォンの予測変換にもフツーに出てくる「お局さま」。
生まれたのは、なんと29年も前、わたしが友人に掛けた取材の電話のなかからなんです。
当時わたしはデビュー作になる「部長さんがサンタクロース」(はまの出版)を準備していました。
4週間で書き上げることが条件でしたから、焦っているといえば焦っていましたが、もう決まっていることだし、なんとか書けるだろう、とそう慌ててはいませんでした。
女子大生ブームはすでに去った。
その女子大生たちは就職してOLになっている。
OLものを書けば女性に受け容れられるに違いない、という、これも楽観的な読み。
28歳のわたしは、まだOL現役の、中高大の女子校同級生たちに電話を掛けて協力を頼み、話を聞いていきました。
期待に違わず、彼女たちは面白い話を次々に繰り出してくれました。
みんな最初は必ず「わたしの勤めてる会社は普通だし、なにも面白いことはないのよ」というのですが、OL経験皆無のわたしには、すべてが見知らぬ国のちょっとシビアなおとぎ話のようでした。
なかでも、女子大の日本文学科の友人Tさんは、在学中から茶目っ気があり、ちょっとしたことでもウイットで切り返して会話を楽しくしてくれる人でしたから、取材の電話は盛り上がりました。
彼女が勤めていたのは、食品流通会社の人事課でした。
「かなり、けむたい先輩がいらっしゃるのよね」
彼女が顔をちょっとそむけて横目を使ってにっと笑うのが目に見えました。
「タニグチさんって方でね『タニグチの局』ってお呼びしてるのよ」
わたしは爆笑しました。
彼女とわたしの視界に映っているのは、まちがいなく、OLの制服の上に大奥っぽい打ち掛けを着ている...
「『お局さま』ねっ」
これが「お局さま」誕生の瞬間です。
Tさんのウィットと日本文学の教養なくしては生まれ得ませんでした。
そして、いわせていただくならば、それを一般名詞化することができた、わたしの反射力が産婆となったわけです。
この後、取材する友人たちには、ある会社の人事課にね、とヤマグチの局の話を振りました。
すると、もれなく全員が「うちにもいるー」と返してくれたのです。
こうして1988年夏、お局さまという存在が、日本中の会社という会社から光を放ちはじめたわけですね。
29年経っても色あせないその輝きには、わたし自身、畏敬の念を覚えます。
きっとTさんも、自分が蒔いたとも思わずに蒔いた一粒のウィットの、計り知れない成長力に驚いていることでしょう。