友の振りをする友もあり 兄弟よりも愛し、親密になる人もある。
うわべだけのつきあいで友人のように振るまう人がいる一方で、身内より深く愛しあって、親しい関係になる人もいます。
これはいわゆる相性によるものではなく、互いを尊重しあえる者同士だからなのです。
友の振りをする友もあり 兄弟よりも愛し、親密になる人もある。
うわべだけのつきあいで友人のように振るまう人がいる一方で、身内より深く愛しあって、親しい関係になる人もいます。
これはいわゆる相性によるものではなく、互いを尊重しあえる者同士だからなのです。
あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます。
主にあっていつも喜びながら、他者に寛容で穏やかな心を持つようにと説く箇所です。
主がいつもすぐ近くにいてくださることを忘れずにいましょう。
わたしは御力をたたえて歌をささげ
朝には、あなたの慈しみを喜び歌います。
あなたはわたしの砦の塔、苦難の日の逃れ場。
サウル王の刺客に追われて絶望的な状況にあったダビデでしたが、神に守られていることを信じ、賛美の歌をうたいました。
どのような時にも”霊“に助けられて祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。
日常に起こる霊的な戦いにおいて、聖霊の助けを受けながら、他者のためにつねに意識をしっかりと持って、忍耐強く祈り続けることはとても大切です。
あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。
すでに神に選ばれて、聖なる者として愛されているわたしたち。
神が求めるものを持っているから愛されているのではなく、存在としてはじめから愛されています。
そうであるならば、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を自分のものとすることは、難しくないのではないでしょうか。
見よ、わたしは戸口に立って、たたいている。だれかわたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をし、彼もまた、わたしと共に食事をするであろう。
戸口に立って、たたいておられるのはイエスさまです。
その声を聞き、戸を開いてイエスさまを招きいれるなら、イエスさまはわたしたちと食事をともにするとおっしゃってくださっています。
イエスさまご自身は戸を開けることはなさらないということでもあります。
イエスさまは戸をたたき、開けてくださいとお声までかけられますが、戸を開いて迎え入れるのはわたしたちなのです。
イエスさまが望まれているのはまさにそのことです。
あなたはわたしの隠れが。苦難から守ってくださる方。
救いの喜びをもって わたしを囲んでくださる方。
苦しみのなかからも神を信じ、救いを求めて飛び込むならば、神はわたしたちを受け入れ、四方を囲むようにして守ってくださいます。